David Lewis Gedgeの音楽的なキャリアを振り返った時、スタジオ・アルバム3作毎に新たな時代の転換点を迎えていることに気がつく。 1992年、毎月第一月曜日にA面新曲、B面カバー曲という構成の7インチ・ヴァイナル・シングルを12ヶ月連続でリリースするという、当時メジャー・レーベルのRCAに所属しながら、インディーズ・レーベルでもなかなか困難であったであろうプロジェクト『The Hit Parade』を敢行したのはザ・ウェディング・プレゼント(以下TWP)デビュー7年目、『George Best』『Bizarro』『Seamonsters』という3作のスタジオ・アルバムを経て唯一無二のスタイルが確立され、商業的にも完全に軌道に乗った時期のことだった。
1998年、デイヴィッド・ゲッジが当時の恋人でありローディーなどバンドのスタッフとして活躍していたSally Murrellと共に別名義の自称“ワイドスクリーン・ポップ・ユニット”CINERAMAを立ち上げ、最初のアルバム『Va Va Voom』をリリースしたのは、『Watusi』『Mini』『Saturnalia』と、1994年以降レーベル移籍とメンバーチェンジを繰り返しながらもリリースした3作のスタジオ・アルバムを発表し、殊ソングライティングにおいて新たな方向性を探りながらも、一旦TWPが活動休止状態に入った時期の出来事だった。
2004年、CINERAMAの最終メンバーのままThe Wedding Presentとして制作した『Take Fountain』を発表することを公表したのは、CINERAMA名義で『Va Va Voom』、Steve Albiniを制作陣に迎えた2作『Disco Volante』『Torino』と3作のスタジオ・アルバムを経て、プライベートでの恋人との別離を経て地元英リーズも離れ、当初のTWPとは異なる方向性のポップ・ユニットから、最終的にはTWPの延長線上にあるエレクトリック・ギターを基調としたカルテットのアンサンブルで聴かせるバンドとしての方向性が明確になった時期だった。 いずれも、そのプロジェクト、アルバムからまた新たな音楽的なフェイズに突入することになった、明確なターニング・ポイントであった。
改めて本作収録曲について触れておきたい。全20曲、約78分。これまで1時間にも満たぬかつてのC-46のカセット・サイズの長さの作品がほとんどだったTWPのスタジオ作品の中では言うまでもなく最長の大作となったが、1曲の中に詰め込まれた様々なアレンジのアイディアだけではない、近年の楽曲至上主義と呼びたいストイックなソングライティングへの取り組みが随所に現れ、インストゥルメンタル主体の5曲を含め、隅々までTWP作品らしいメロディラインが煌めき、聴くものを平伏せさせるTWPのトレードマーク、怒涛のギターサウンドが強烈なバンドアンサンブルと共に繰り出され、クライマックスとなる場面が幾度となく訪れる。右チャンネルに本作のギタリスト、サミュエル・ビア・ピアス(残念ながら本作発表後の全曲再現ツアー後に脱退)の時にリリカルに、時にフリーキーにと、楽曲に合わせニュアンスに富んだプレイを繰り出すリード・ギター、左チャンネルにデイヴィッド・ゲッジの硬質なストローク・プレイとリズム・ギター、そして得意のボトルネックを使ったプレイ、2人の対照的なスタイル・音色のエレクトリック・ギターを全編に渡って、敢えて左右のチャンネルに分けているのも効果を上げていて、それぞれのギターサウンドに注目して聴いているだけでも相当楽しめる。前作『Valentina』から引き続き、Red Hot Chilli Peppers、Black Sabath、Weezer、Adele、Beyonceなど数多くの作品を手がけてきた名匠、Andrew Schepsが本作では全編に渡って録音からミキシングまで共同プロデューサーとして携わっているのも大きすぎるポイントで、TWP特有のポップネス、メロウネスを残しながら、ライヴでのTWPらしさを容易に思い出させるエネルギー溢れるバンドサウンドを際立たせた全体のサウンディングも見事だ。録音、ミックスダウンは1992年の『The Hit Parade』シリーズや、2002年のCinerama『Torino』でも使用した英リヴァプールのParr Street Studiosがメインだが、かつてAndrew Schepsがプロフェッショナルのスタジオエンジニア向けの講義を行った『Mix with the Masters』の企画でTWPをゲストに迎えて南フランスのスタジオLa Fabriqueで行ったセッションからも収録されている。
前作の『Valentina』もまた緩急つけた構成で聞かせる1作ではあったが、今回はその比ではないだろう。叙情と激情が交互に訪れる冒頭15分にも渡る4曲のインストゥルメンタルは近年の作品だったら曲間のインタールード的に扱われていた要素を、1曲1曲丁寧に『Going, Going...』という大きな絵画の1ピースとして成立させることに成功している。ポスト・ロック的なアプローチも感じさせる轟音ギターの#1”Kittery”から幕を開け、エクスペリメンタルな#2”Greenland”(前述の通り、ミステリアスなナレーションを担当するのは元The FallでMark E. Smith夫人でもあったブリクス・スミス。バック・グラウンドの効果的なキーボード・サウンドはTWP/CINERAMAの過去作でタッグを組んだスティーブ・フィスクが担当。スティーブは本作の要所要所でキーボード・プレイで貢献している)、初期CINERAMAのインスト"Model Spy"を思い出させる女声コーラスを中心に組み立てられた#3を経て、CINERAMAイヤーズのオーケストラルな側面をこの1曲に凝縮させた様な#4に至るまでのこのパートだけでも引き込まれることは間違いない。
場面転換となるようなミディアム・マイナー調の楽曲も個性的な名曲揃い。#11”Bells”はCINERAMA後期からの黄金律と呼びたいお得意のパターン、#12”Fifty-Six”は後半の反復しながらヒートアップしていく展開がこれまた超王道のTWPスタイルで、思わず快哉を叫ぶ。バックに忍び込むメロトロンとのユニゾンが気持ちいい。今やTWPに欠かせない屋台骨と呼びたいチャールズ・レイトンのドラミングはここでも大活躍している。Cinerama後期から何度も試みられてきたストリングスとバンド・サウンドとの掛け合いがスリリングな#13”Fordland”に続く#14”Emporia”はリリカルなピアノの調べに導かれるように始まるが後半で様相が一変する。双頭の龍の如く両チャンネルでスライド・ギターが暴れ回るエンディングには全身が総毛立つ。それにしてもデイヴィッドのヴォーカリストとしての魅力は充分分かっていたつもりだが、この曲での歌唱は絶品と言う他無い。本作全編を通じて感じることのできる力強さは、さらに表現力に磨きがかかったデイヴィッドのヴォーカルに依る所は本当に大きいと思う。2016年のRecord Store Day限定カタログだった2枚組のオムニバス盤『Brighton's Finest Vol 1』で先行公開されていたソリッドな#15”Broken Bow”(今回再録音)は時が時ならシングルになっていたかもしれない逸品。先のオムニバス盤での一筆書き的なラフなヴァージョンもぜひ聴いて欲しい(個人的にはこちらのオムニバス・テイクの方が好み)。本作は音楽的手法もさることながら、こういったシングルとしても通用しそうなナンバーが目白押しで、あらゆる面で出し惜しみが一切ない。 箸休め的なポップさもありながら、曲中のストリングスとバンド・サウンドが拮抗するリフ構成に痺れる#16”Lead”、再びアッパーな快作#17”Ten Sleep”と持ち味を活かしたコンパクトな小気味良いナンバーが続き、#18”Wales”は再び#1で登場したようなポスト・ロック的なインストゥルメンタル主体の1曲。#1もそうだが、デイヴィッドお気に入りの盟友Steve AlbiniのグループShellacやExplosion in the Skyも意識したようなバンド・アンサンブルがたまらない。再び登場のスティーブ・フィスクがメロトロンとオルガン・プレイで楽曲に華を添える。ところで本作のコンセプト的に曲名は北米の都市、ユタ州ウェールズに由来しているのに、英国のウェールズ語のナレーションをフィーチャーしているのが何とも洒落ている(というか単なる駄洒落か)。ここでのナレーションを担当しているのは2014年のRecord Store Day限定のリリースだった、『Valentina』収録曲をウェールズ語詞で再録した別テイク集10インチ”EP 4 Can”の訳詞を担当したAndrew Teiloというウェールズで活躍中の俳優とのことだ。それにしても、所謂歌ものではなくても、TWPならでの歌心を感じさせるこの楽曲は文字通りの意味で新たな方向性を示した名曲だと思う。この楽曲が翌年の全曲インストゥルメンタルの傑作EP『The Home Internationals EP』にそのまま再収録されたのも納得が行く。
本作でデイヴィッドが一番のお気に入りというのがとびきりキャッチーな#19”Rachel”。「TWPは常に、徹底したポップソングを書いてきた。これもその1つだよ」と言う通り、これはTWP/CINERAMAを通じても屈指のポップサイドの傑曲だ。サウンドの意匠に隠れているが、ストーリー構成としてはCineramaとしての第1作目『Va Va Voom』でのオーソドックスなアプローチに戻ったとも言えるが、歌詞も含め、理想的なラヴ・ソングという他ない。 そして10分にも及ぶクロージング・チューンの#20”Santa Monica”(なお、CD盤とLP盤は収録時間の都合、イントロがフェードイン、アウトロがフェードアウトしている6:40強のショートEditになっているので、こればっかりは各サブスクリプション・サービスかダウンロード版でお楽しみいただきたい)。発表後海外ではファンからの支持の高い1曲だが、あの1991年の『Seamonsters』が湛えていた空気感を、詩作も含めて、この1曲の中で描ききってしまったかの様な壮大なスケールのこれまた名曲である。ところで、今回は全曲に呼応した20編のショート・フィルムが収録されたDVDがセットとなっているが、ジェシカが前述のロード・トリップの中で撮影した素材を元にはしているものの、楽曲の世界観にはあまり合わないな、と思えるものが大半なのだが、この"Santa Monica"だけはぜひDVDと共に楽しんで欲しい。まさにストーリーの終わりを演出する、そして歌詞の通りの沈み行く夕陽がきらめくサンタ・モニカの海岸を映し出した映像の美しさもまた格別。デイヴィッドのヴォーカルに海の彼方から聴こえてくるようなリヴァーヴがかけられているのも非常に効果を上げていて、この音響的な演出はそのままライヴの実演時にも取り入れられている。